伊達政宗と抗菌グッズ
2006.09.26 Tue
今朝の読売新聞、『清潔』に対する意識と実態の食い違いについての記事が"くらし"の面に掲載されていた。アンケート調査によると8割の人が洗剤や台所用品等を購入の際に抗菌をうたい文句にする製品を購入しているが、その反面冷蔵庫の掃除は主夫で半年に一度という。つまり、清潔という価値観が人それぞれ独自に解釈されておりそこにちぐはぐが見え隠れするのだと言う。私も綺麗好きな人間と思われがちだが、実はそうではない。私の綺麗好きは客人が訪れた場合に見栄を張ったり、といった対外的な事に起因するものだし、それを根気よく続けているのはただ私が非常に面倒臭がりだからとしか言いようがない。私は昔からものぐさな質であるから一度掃除をさぼってしまえば部屋が地獄のように汚くなったとしてもやる気をくじかれてそのままにしてしまうだろう。人が来た時に慌てて大掃除を敢行するのも面倒だ。そうならない為に気付いた場所を気付いた瞬間に掃除するようにしている。一度に大量の労力を消費するよりも体感しない程度の疲れを蓄積させる方が私には向いている。そんな私は年末の大掃除すら必要ない。
そんな私が人の家を訪ねた時に常々思っていたのは掃除の仕方が大味な事だ。目に見える所ばかりは美しいがふとした拍子に目の横を掠める場所は大概ひどいものだ。優秀な抗菌アイテムも基本的な掃除が隅々まで行き届かないでは意味がない。私が使っている一山いくらの特売洗剤と使い古したタオルの雑巾でいいじゃないか。
その昔、奥州の独眼竜伊達政宗公は屋敷の使用人の男が縁の下ばかりを熱心に掃除している様子を見て何をしているのかと尋ねた。それに対して男は見えない所こそ美しく掃除するのだと答えたが、公は呆れて見えない場所を見える場所よりも綺麗にしてどうするかと怒ったと言う。
何も使用人のように縁の下まで掃除を熱心にやれとは言わない。が、屋内ならば何処であれ縁の下と違って人の目につく事を忘れない方がいい。小学校の時には一日5分の掃除時間内に担当の掃除場所を隅々までみんなが熱心に掃除していた。毎日こつこつが清潔を保つ基本だ。たった一本のほうきとちりとり、一枚の雑巾を使うだけで見違える程部屋は美しくなる。最小限の労力で最大限の効果を。気をつけていれば年末大掃除も楽になるだろう。
政宗公は見えない所の掃除も大事だが見える場所の掃除も大切だという意味を込めて言った。抗菌グッズも大切かもしれないが、昔ながらの道具で出来る事が残っているはずだとは思わないか。




