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愚痴と弱音とスーツ

2006.08.16 Wed

Boa Tarde!
近頃めっきり愚痴っぽくなってしまったサソです。

何かと悲しい話題が多い今日この頃。
私の周りではもっと悲しい話題が多そうです。
おかげで本当に愚痴っぽくなっております。

『歳をとると愚痴が増えて嫌ね』と近所のオバさんが口にするのを昔から変わらず耳にする。私自身も愚痴が増えているのは老け込んだ証ではないかとも思うがよくよく考えれば子供とて愚痴は言う。テストが嫌だとか、アルバイトが忙しくて遊びに行けないとか、喫茶店でコーヒーを飲んでいればそこら辺りから耳に入ってくる。

話は全然違うがポルトガルへ行く直前まで、暫く着流し姿で日常を過ごしていた。長い歴史の中、日本の気候風土に適して発展してきた着物は着付けこそ面倒がかかるものの慣れてしまえば洋服以上に過ごし易い。しかし、明治以来モーニングや詰め襟を始めとする礼装・軍装が徐々に日本に浸透し、今では普段着をも洋服を用いて生活している。

ところでその洋服。ことスーツと言えば日本でもすでにお決まりの仕事着だ。しかし、日本人が仕事着と決め込んでいるこのスーツもヨーロッパでは普段着として一家のパパ達は愛用している事が多い。我々が我々の普段着を年齢や自分の外見に合わせて着こなすのと同じく彼等も普段着たるスーツを自分に合わせて着こなしている、洒落た方を見れば、成る程と年相応の積み重ねがそのたたずまいから一目にして分かるものだ。

話を戻そう。人が常日頃抱えている悩みに大して違いはない。本人にとってはどれも立派な悩みで、それを誰かに愚痴ってやりたいと思う事に変わりは無い。違いがあるとすれば愚痴を言っている姿からにじみ出る雰囲気か。

弱音や愚痴を言う姿は私達が考えている以上にその人の内面を色濃く映し出すものだ。その人のそれまでの人生が、何気ない日常の愚痴を吐き出す姿に深みを与えるから年配の方の愚痴というものは印象に残るのではないだろうか。乱暴な言い方をすれば若者の愚痴には深みが無いという事。私がこのところ自覚するくらいに愚痴が増えたと感じるのも、実は愚痴を言う数が増えたのではなく、その愚痴が自分にすら印象に残る深みを持ってきたのだと考えると私も少しは大人になれたのかと何やら感慨深いものがある。

昔から弱音や愚痴を口にして悩む姿は『情けない』と『何処か艶っぽい』と極端にその印象を二分する。基本的には情けない愚痴を言う姿だが、上手く着こなせばフルオーダーのスーツのようにダンディズムを見せる事もできよう。『嫌だわ』と背中を丸める事なく、すっきりとした佇まいで毎日を送りたい。
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