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伝統工芸を想う

2006.03.16 Thu

昨年夏、蔵の整理を手伝っていると曾祖母が嫁入りの時に新調したと思われる伊勢春慶の食器類を見つけた。あまり派手な塗りでなく、シンプルさが際立つこの漆器を私はいたく気に入ったものだ。

あまりにもこれが気になった私は伊勢に観光で行った時に伊勢春慶を探してみた。中々見つからず、地元の人間に話を聞くと一度は伝統が途絶えてしまったとか。近頃再び作り手があらわれたが人数は一人。大物を作ってもらうのは時間がかかる。ともあれ、私は小型の盆と弁当箱代わりの重箱を手に入れた。

漆器と言えばこの辺りでは石川県は輪島の輪島塗と岐阜県の飛騨春慶が非常に有名である。輪島塗の珈琲碗や盆など4年程前に観光した時にいくつか購入し今も使っている。飛騨春慶の重箱は今年の正月に活用させてもらった。

職人さんによれば伊勢より飛騨春慶の伝統が本場だと言う。それにしても伝統の技を伝え続けると言うのも本当に楽ではないのだと感じた。手にした盆は良い出来だった。昔には注文は多かったと聞く。しかし、それだけでは存続は難しいと言う事か。岐阜県関市の刀工が特殊指定を受けた話もあるが、後継者問題など多くの壁がある。日本の工芸は世界に名だたる技。守っていきたいものである。
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日記を書く

2006.03.15 Wed

私は日記を毎日つけている。Web上にPCを使ってつけるのではなくKOKUYOの中罫線の大学ノートにボールペンを使用したものだ。これを始めたのは高校生の時だと記憶しているが、それから10年間を欠かさず記録している。

人に読んでもらう事を前提としたWeb日記とは違い、手書きによる日記は私しか読まない事を前提としたものである。内容は様々だ。その日の天気について、見たTV番組や新聞記事、政治問題からマンガの感想と幅広い。こう言うと多くの事に関心を持ち考えているように誤解されるものだが、実際はその時に日記を書く暇があり頭の中にあるただ書きたい事を思うがままに連ねているに過ぎない。時には『眠い、眠い』と眠さについて主張している馬鹿げたものすら存在している。

内容はともかくとして手書きの日記と言うものは自分が思う以上に良い。たまにふと昔の日記を読み返すのも楽しみの一つだ。また無意味な思索にふけっている時に書くと自分の精神活動の状態がよく掴めるし考え方も再認識できる、つまり思考の整理と言う事だ。字を覚えると言う事も重要だ。分からない字がある時は調べてちゃんと書くようにしている。気付けば人よりも漢字に強くなっていた。

愚痴の捌け口にするのもよかろうと思う。書きたい事を書くと言う事は想像以上に気分をすっきりさせてくれる。気分を落ち着け心にゆとりをもたらしてくれる意味でも自分だけの日記は悪くない。情報通信化社会の流れに乗りPCによる日記、ブログが増大しているが、それとは別に手書きの日記をつけてみるのも楽しいだろう。自分しか読まない自分だけの記録、これは私に素朴な潤いを与えてくれている。
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古代と現代

2006.03.13 Mon

奈良県明日香村にある飛鳥京跡でこのところ様々な発見が相次いでいる。蘇我氏の墓守の小屋であろうと思われる遺跡や都の正殿に匹敵する大規模な神殿、『観世音経』を記した最古の木簡などが主である。飛鳥京の名は古代史の中にも頻繁に登場している。飛鳥浄御原宮は天武天皇、持統天皇と縁が深い。また当時の法制である飛鳥浄御原令はそのまま名前になっている。

ところでこの古い都には飛鳥川は流れており、さらには湿原地帯の上に建設されていた。『明日香川 しがらみ渡し 塞かませば 流るる水も のどにかあらまし』と万葉集にはこう読まれている。古典の授業ではないので詳しい説明は割愛するが歌からは非常に急流であった事が分かる。

現代でも湿地帯に何かを建設する事は大変だ。まず湿地は地盤がゆるい為に排水を行わなければならないし降雨のさいの都市の排水機能も充実させねばならない。天皇の御座する地が洪水で流されたとあっては笑えない。ともあれ古代の文化・技術水準の高さにはいつも驚かされる。この排水に関する事だけではなく正倉院文書にあるような財務管理の書類などはその殆ど全てが今の企業で出されるものと内容に変化はない。

現代に生きる我々は本当に1000年前と変化が見えない。確かに科学技術の発展で便利な道具は生み出されているがそれらは当時から行われている事を補助するものに過ぎず行動自体は全く同じ事が継続されているのだ。先月のコラムに書いたように解決せねばならない問題さえも変化が無い。多くの自殺者、軍隊の規則、法制から一般市民の思想的な事までどれも古代と現代は似通っている。よい事を続けるのは当然だとは思うが、同時に悪風まで継承し続けているのは気分がよろしくない。問題を先延ばしにする日本人の1000年前からの癖をこの辺りで何とかしなければ未来は暗い気がする。
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世界女性デー

2006.03.08 Wed

男女雇用機会均等法が施行されてからもう20年が過ぎようとしている。法の下に男女の平等をと発せられたこの法律は多くの女性を働く場所へと誘った。今では女性がなくば会社は動かない。雇用自体は多くなった。しかし、その後はどうだろう?男女共同参画が叫ばれ表に出てくるのは昇格や昇給の際、女性の前に立ちはだかる大きな壁である。少しずつ減っているとはいえまだまだ不平等は多い。

女性に対する差別は減りつつある。逆に男性への差別が出てきたのはよろしくない。これまでの仕返しか、どうも男性が馬鹿にされる場面が多い。CM を見ると幼い男の子や壮年の男性が道化を演じるところをよく見かける。女性が同じような描写をされると抗議の電話が殺到すると言うが男性ならばよいと言うのか?

話は変わるが日中境界線付近の開発に関しての協議が進められている。中国の出した案は日本側のみ共同開発すると言うものだ。当然、日本政府には受け入れ難いとして拒否されるだろう。強気の外交は現代では当然となっている。隙を見せればつけ入れられるのだからそうするしかない。しかし、双方の歩み寄りと信頼関係があり、より平和的かつ互恵的な関係がもっとも理想的ではないのか。

外交問題も男女差別も互いの協力が必要不可欠だ。2050年に摂取可能なエネルギーは太平洋戦争直後まで落ちるとの予測がされている。すでに自国や自分だけの利益を優先して生き残れる世界は終わりに近付いているのだ。手を取り合って未来に歩みを進めるべきではないだろうか。
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